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ソウル歴史博物館(2)「ソウルと平壤の3.1運動」

投稿日:2019年5月10日 更新日:

日帝による独立運動の弾圧

日帝は 3.1独立運動を弾圧しました。弾圧したのは警察です。そして独立運動に参加した人たちは「罪人」であり、彼らが収容されたのが、西大門刑務所です。西大門刑務所は別に紹介しますが、柳寛順ユグァンスン 烈士が閉じ込められていたところは、小さな冷蔵庫ほどの大きさでした。もちろん、窓などありません。部屋と呼ぶことはできないし、身動きも取れません。そんなところに閉じ込められたら、5分でも気が狂います。西大門刑務所に収監された柳寛順ユグァンスンは15歳でした。幼い少女です。そして拷問を受けた末に16歳で獄死しました。自分の姉、妹、娘がそんな目に遭ったら?

日本は3.1独立運動を激しく弾圧した。警察と憲兵に加えて消防隊員まで動員し銃刀はもちろん のこと消防用の鉤まで振り回し、多くの負傷者を出した。さらに4月には4人を超える重装備の軍人が日本から派遣され全国に配置された。独立運動によって逮捕された人々は、警務総監 部や鐘路警察署に拘束された。取調べの後、西大門刑務所に移送された。西大門刑務所は収容人数を数十倍も超過したが、日本人はずっと狭い監獄に閉じ込めた。彼らは過酷な拷問に加え、暑さ、寒さに耐え、伝染病などの疾病とも闘わなければならなかった。梁漢黙や柳寛順をは じめとする多くの人々が、無念にも獄死した。3.1独立運動当時の収監者数は4万6948人にのぼり、負傷者は1万5961人、死亡者は7509人に達したという記録が残されている。

引用:ソウル歴史博物館「ソウルと平壤の3.1運動」展示より

ソウル歴史博物館の企画展示館「ソウルと平壤の3.1運動」展示

独立運動に参加した者は罪人として逮捕され、劣悪な環境や拷問で命を落とした

監獄の中に収容できるのは元々1坪に3人という規則だが、今の朝鮮は十分に設置できず、監獄がひどく小さく平素より1坪に5~6人収容していたが、今は1坪に12人以上を収容している。

1919年6月5日 大阪朝日新聞の記事

独立運動に参加した者たちを逮捕し、閉じ込めた西大門刑務所には、拷問され獄死した人たちをこっそり運び出す通路もありました。もちろん悪いことをしている自覚はあったのです。日帝強占期は本当に韓国人にとって苦難の時代でした。人間はこんなに残酷になれるのかと、無念のうちに命を落とした多くの方たちを思うと胸の鼓動が早くなり、見ていられない気持ちになります。

何をしても隠すことができた時代

敗戦後、日本は韓国でしたことを意図的に隠してきました。日本にとっては外国で起こした蛮行なので、隠し、なかったことにするのにとても都合が良い状況でした。意図的に隠し、学校でも教えないので、日本で教育を受けた全ての人は、そんなことがあったとは想像すらする機会がありませんでした。

100年前と現在のこの世界が、決定的に異なるところは何でしょうか。今は国と国を簡単に行き来することができます。また、インターネットが発達し、言葉通り世界がつながっています。もしある国が非人道的なことをすれば世界中に知られ、バッシングを受けます。それがある意味、非人道的なことを食い止める堰になっていますが、この時代にはありませんでした。

しかし、韓国には、当たり前に毎日の生活に過去の歴史があります。大昔のことではありませんので、韓国には写真も、記録も、記憶も、また、亡くなった方も多いですが、生き証人も残っています。

「認識の違い」などという言葉はあてはまらない

日帝強占期について研究している方や、興味をもって勉強している方や、韓国の文化が好きで韓国に興味を持ち、少しでも韓国語を理解している方は、ある程度の知識を持っているでしょう。しかし多くの日本人はニュースでぼんやり「韓国が謝罪を求めている」と聞けば、よくわからないけど、なんとなく「いつまでも何言ってるんだ」と反論します。でも、3.1独立運動はもとより、日帝強占期が何かすら、ほとんどの日本人は知らないです。そして、日帝強占期に実際に起きたことを知識として知っている方は「謝罪は必要ない」とは、考えていないはずです。

わたしが韓国に来て一番感じることは、韓国人は、大人も、子供も、学生も、政治家も、大統領だって「日本人がここまで、日帝強占期について、何の知識も持っていないこと」を知らないです。韓国では 1910年~1945年は当然に「日帝強占期」という時代ですが、日本ではただの「明治~昭和」時代です。だから「認識の違い」などという言葉は当てはまりません。なぜなら、日本で教育を受けた人には「認識」すらないからです。
いま韓国がしなければならないことは、謝罪を求めることよりも、過去に起こったことを日本国民に知ってもらうことから始めなければなりません。韓国人にしてみると驚くべき話ですが、これが日本の現実なのです。

よく知らない「日帝強占期」を知るだけで、考えが変わる

ドイツ人はホロコーストの被害者の家族に、「謝罪は必要ない。いつまでも何言ってるんだ。」と言うでしょうか。言いません。ホロコーストについてはご存知の方も多いでしょうが、アウシュビッツは現在のポーランドにあります。またユダヤ人とは、ユダヤという国や民族がいるわけではなく、ユダヤ教の信者の集団のことを言い、さまざまな国に生きています。だから、ホロコーストの事実は隠しようがありませんでした。

ホロコーストと日帝強占期は同じではない、と言いたい人もいるでしょう。でも、考えてみてください。
国や言葉、土地や仕事、自由を奪われたら?従軍慰安婦として妹や娘を奪われたら?彼女たちは本当に、少女でした。独立を叫んだら罪人として拘束され、拷問の末に殺されたら、残された家族にとっては同じことです。立場を逆にして考えてみたら、自分の大切な家族がそんな目にあっても、謝る必要はない、といえるでしょうか。

これらは1910~1945年という、日本がただ明治、大正、昭和だったと思っている時代に、韓国という外国で実際にしていたことです。本当に簡単なことですが、この事実をただ知って、何を感じるかは、同じ人間である限り、同じだと思っています。ここに載せた写真や文章を見て、ただ知ってもらえれば幸いです。

ソウル歴史博物館の企画展示館「ソウルと平壤の3.1運動」展示

企画展示「ソウルと平壤の3.1運動」の展示物の数はそう多くなく、ゆっくりみても、1時間と少しでした。今回は企画展示についてご紹介しましたが、ソウル歴史博物館は常設展示の展示物も、すばらしい物ばかりです。
是非、韓国にお越しの際は、ソウル歴史博物館を見学してみてください。

読んでいただきありがとうございます。

ソウル歴史博物館に展示されている日帝強占期の電車

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55 Saemoonan-ro, Jongno-gu, Seoul
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